Summer Time  サマータイム

詞/デュボス・ヘイワード  曲/ジョージ・ガーシュウィン

1935年に初演されたフォーク・オペラ「ボギーとベス」からのナンバー。
ガーシュウィンは作曲にあたって、黒人霊歌の「時には母のない子のように」をヒントにしたらしいが、今では完全にジャズの曲として扱われる。
様々なミュージシャンが演奏しているけど、ジャケットはアルト・サックス奏者のアート・ペッパーの「ModernArt」。

【作者不詳】多分あいつだと思うのだが、、、  頃は21世紀初頭?、、 ちょっと前なら憶えているが、、 女にだらしない猫だって?、、 ここにゃ 沢山いるからねぇ、、 ワルイなぁ、他をあたってくれよ、、、   あんた あいつの何んなのさ

 下之町英雄は、「ここは邪魔だからどいてください」というJRの職員の少し震えている声に返事もせず、ただじろっとにらみをきかせるとさらに京都駅のエントランスの真ん前にベンツを横付けした。
(どんなことがあってもこの場所は死守せねば......)
今日は客人と一緒に木屋町極道の親分が東京から帰ってくる日だ。
わがままな親分をお迎えするには、この場所をキープしておかないと一日中機嫌が悪いのだ。まだ、駅から後部座席までじゅうたんを敷いて置け、といわないだけましだ、と下之町が思っていると、染めたのかと思うほどきれいな白髪をなでつけて、肩をいからせた親分が、ベンツに向かって足早に歩いてくるのが目に止まった。慌てて彼は車を降りて、親分の為にドアを開ける。
「親分、お勤めごくろうさんです」彼は軽く足を広げ、膝に両手をつける極道独特の挨拶をした。親分は、背が高くにやけた顔をした30代半ばの黒スーツの男を従えている。
(これが客人か、なんやねん、若造やんけ)

 京都の街は厳冬をむかえていて、行き交う人の黒っぽい塊のような姿も、寂しげな街路樹も、すっぽりと冷気に包まれスローモーションのように見える。
 しかし下之町には車外の情景に目を止める余裕はなかった。親分の車を運転する時は神経がピリピリする。高速の入り口でも間違えてしまおうなら一大事だ。事務所に帰ってから4,5時間は正座して親分の鉄拳に耐えねばならないのだ

 若い男は車の中で下之町が聴いたことのない曲をずっと口笛で吹いている。
「おい、神戸のジョー、それはなんの曲や」
「ああ、これは『サマータイム』っていう曲です、木屋町のオジキ。ジャズですわ。なかなかいいでしょ」
親分はうむと言うと声高にいろんな所に携帯をかけはじめる。

 下之町は、頭の中で事務所までの道順を必死で反芻していたが、ジョーの口笛が気になってしょうがなかった。
(この寒いのに、なにがサマーや)
まずその若造に反発する気持ちが昂ぶってきた。次に不思議なことに、下之町が昔ほのかに思いを寄せていた女のことがふいに浮かんできた。
(ずっと忘れてたのに......)

 その時、突然親分がうーむと左手で胸の下のあたりをおさえて、下之町に「おい、ここはどこや」と顔面蒼白でどなる。
「はい、河原町通りです」
「違うわい、ここはどこやねん」
一段と大声で下之町は声を張り上げる。「『か・わ・ら・ま・ち』です!」
「おどれ、どたま、かちわったろか、アイタタッ」と言うがはやいか黒のエナメル靴が下之町の頭めがけて飛んできた。病院に行け、というジョーの怒声が響く。

 結局、親分はかかりつけの病院の医者に薬をもらって何事もなくおさまった。前から胃と肝臓が悪いので通院していたのだ。背中全面が刺青だと皮膚呼吸ができにくくなっているので、普通の人間より内臓にしわ寄せがきやすいのだ。

 後から冷静に考えてみると、親分が「ここはどこや」と訊いていたのは「胃か、心臓か、肝臓か」のような身体の部位のことだと気がついたが、時すでに遅しだった。
元気になった親分が、事務所にくる者全員に「こいつは、わしが死ぬかと苦しんでる時にのうのうと河原町なんぞとほざく奴や」と言ってまわったせいで、下之町は本家筋の幹部連中から分家の電話番に至るまで、本名で呼ばれるより「河原町」と言われる方がとおりがよくなってしまった。
 一度だけ「ジョーさんの口笛が気になってしもて」と云うと、人のせいにすな、と余計にどつかれたので、それからはただ黙っているようになった。

 それを知ってか知らずにか、神戸のジョーは事務所に遊びにきたら、いつでも真っ先に「木屋町極道のオジキ、オジキの河原町の具合はいかがですか。痛みませんか」とにやにやしながら親分と下之町の顔を交互に見る。
 親分は苦りきった顔で肝臓のあたりを押さえながら、「ああ、おかげさんで最近は河原町の方は調子ええなあ」と下之町の頭を必ずどつく。ジョーはそれを見届けると満足したようにあのわけわからん洋楽の口笛を吹いて去っていくのだ。
 そしてなによりも下之町がむかつくのはジョーが去りぎわにあの言葉を使うからだ。
「がんばってね、タコ」と。

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